カテゴリー「東日本大震災」の記事

2019年12月11日 (水)

大熊町 vol.5

大熊町からもっともF1(福島第一原発)に近い場所にやってきました。
4.426μ㏜/hです。防護服なしでいいのか迷うレベルです。

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浜通りでは親子で、あるいは三世代で東電にお勤めの方もいるそうで、原発事故を憎んで東電は憎まずのような、いや軽率で申し訳ありません。

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置き去りにされた軽自動車。タイヤの凹み、ボディの汚れが8年を感じさせます。

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2019年12月 8日 (日)

大熊町 vol.4

大野駅にほど近い商店街の一角です。

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好きです。この街この通り。

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シェフが腕をふるっていたのでしょう。

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GSの時計は動き続けていました。しかも正確に。

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白亜の大熊町役場。

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2019年12月 7日 (土)

大熊町 vol.3

大熊町の大野駅周辺を案内していただきました。
8年前から時間が止まっています。

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お食事・喫茶の「四季」さん。大野駅に近く賑わっていたのでしょう。

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まゆみの大木。可憐な花をつけています。少し気持ちが安らぎます。

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まさにゴーストタウンの町なみ。

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放置されているフェアレディ。

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2019年12月 5日 (木)

大熊町 vol.2

大熊町役場は南側の富岡町の近くに移転して、その周囲で帰還住民のまちづくりが進んでいます。
東京電力の社宅もたくさんあって、その数は750戸。帰還住民は46戸。役場の寮は100戸程度でしょうか。

帰還住民のまちづくりと書きましたが、帰還には長い時間がかかるだろうし、代替わりしたら、多分故郷意識は薄まるだろうし、何に向かって進んでいるのかよく分かりません。

役場周辺の大川原地区は、背後の山並みに住宅が配置されロケーションは良いですが、公営住宅はキャンプ場のロッジに見えます。帰還の定義をもう少し広げて、「滞在」という方法もあると思います。

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東電さんの大熊食堂。
同行した若手4人はこのスタミナ定食をぺろりと平らげました。
こういう食事は40代までですね。
ワタシはA定食(鶏かつタルタル)同年代のオジンはミニソースかつ丼にしましたが、それでも苦戦しましたよ・・・

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2019年12月 4日 (水)

大熊町

大野村と熊村が合併して大熊町。特産は鮭加工品、梨、キウイ。

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F1事故で避難した町民の一部が富岡町に近い大川原地区に帰還した。
公営住宅の50戸。東電の廃炉関係者750人。
これ以外の現実は今のところありません。

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2019年11月 4日 (月)

気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館

お昼過ぎに最後の訪問地気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館にきました。
海岸近くにある水産高校である向洋高校は4階まで津波に襲われ、自動車が教室に突っ込んだままということは知っていました。
しかし、向洋高校が階上地区に位置することは頭から抜けていました。
階上中学校は震災や津波に関する教育が進んでおり、技術士会で「震災と教育」をテーマに階上中学校の先生に講演してもらったことがありました。
当日は70分の語り部コースをお願いしており、結構な時間だと思いましたが、あっという間に時間は過ぎていきました。こちらの学校では犠牲者がいなかったそうですが、地元の方が避難地とした高台が津波に襲われ多数の犠牲者が出たのだそうです。
最後に階上中学校の卒業式の答辞がビデオでながれます。
ビデオに向かって「頑張れよ」などとつい言葉を発してしまいます。
https://www.youtube.com/watch?v=l19NX4jTyV8

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2019年11月 3日 (日)

大谷海岸から気仙沼市街地へ

大谷海岸でも現地の復興事業を見学して気仙沼市街地へ。今回は気仙沼大島大橋(愛称は「鶴亀橋」)を渡らないのですが、車窓から見ると気になりだす人々もいて、「行かないの?」と尋ねられました。
昼食はシャークミュージアムでバスを降りましたが、近くのお魚いちばまで移動して、お刺身(カツオ・マグロ)定食。

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気仙沼市の中心部は震災後あまり訪れたことはありませんでしたが、漁船も多く係留されており、港町気仙沼の復興が感じられました。

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高台にあるのは防集団地でしょうか。

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2019年11月 2日 (土)

小泉海岸

先月のことですが、技術士会で気仙沼市の小泉海岸の防潮堤やバック堤の現場見学会を行いました。宮城県内では高さが14.7mと最大の防潮堤です。見学会の前に下調べをしておくべきでした。

以下「東北アイターン」さんの記事から

震災前の小泉海岸は、美しい白浜や青松が広がる遠浅の海岸だったそうです。夏にはたくさんの家族連れやカップルなどで賑わい、サーフィンに適した波がたつことから、遠方からも多くのサーファーが訪れ、年に数回サーフィンの大会も開催されていました。河口側では毎年、鮭が戻ってきて自然豊かな海岸だったそうです。環境省(当時)の「日本の白砂青松百選」にも選ばれ、ジョギングや散歩を楽しむ人も多く地元住民にとっては癒しの空間であり、たくさんの人に愛される場所でした。

そんな小泉海岸を大きく変えてしまったのが2011年3月11日2時46分に発生した「東日本大震災」。大きく大地が揺れ、そのわずか30分後に凄まじい威力の大津波が小泉海岸と小泉地区を襲いました。最大21mの高さの津波が押し寄せたと言われています。

海岸だった土地は約200m流失し、美しい白浜や青松は海へと消えました。陸が200m後退した海岸沿いには防波堤やテトラポットすら津波に襲われ跡形も無くなりました。

また、震災翌年の秋頃からは、小泉海岸の防潮堤建設に関する住民説明会が開かれるようになり、宮城県内で最も高い14.mの防潮堤が建設されることが発表されました。復興の遅延、景観の問題、財源など課題も多く、防潮堤建設に関しては住民の賛否がありましたが、会議や説明会を重ねた結果、最終的には当初計画のまま高さ14.mの防潮堤が整備されることが決定しました。

そして、約5年間続いた工事も、紆余曲折を経て、今年の5月にようやく終わる予定です。2019年2月から、7月の小泉海水浴場オープンに向けて、気仙沼本吉サーフィンクラブにより海底調査が行われています。7月20日の海開きには、震災前と同様に祭壇を設け、安全祈願を行うことでしょう。今後、小泉海岸は再び海水浴場が整備され、サーフィンの大会や、海の家の開設、SUP(スタンドアップパドル)体験、サーフィン体験などのアクティビティをさらに楽しめる場所となる予定です。

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こちらは見学会で撮影した小泉海岸の防潮堤。とにかくデカイです。

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2019年10月30日 (水)

石巻市門脇小学校

先日久しぶりに石巻にきました(10月18日金曜日)。
門脇小学校は部分保存に向け覆いが外されていました。
仕事の関係で校舎内に入ったことがあって、その時の記憶や臭いまで思い起こしました。
「がんばろう石巻」はひっそりとしており、周辺で進んでいる復興祈念公園の整備とちぐはぐな感じがしました。

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2019年10月27日 (日)

陸前高田市と遠野市の視察

10月26日(土)は宮城県復興支援士業連絡会で陸前高田市と遠野市まで視察に出かけました。

【朝日の当たる家】

こちらはNPO法人福祉フォーラム・東北さんが運営しているコミュニティーハウスです。みなさんの活動内容を伺うと、ただただ頭が下がるばかりです。

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【みつわ飯店さんで昼食】

高台の復興市街地にある「みつわ飯店」さんで昼食。15人の団体なのでメニューは数品にしてほしいというので、こちらのテーブル8人は全て五目あんかけ焼きそばになりました。盛りがいいですが女性二人ともペロリと平らげました。

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【ほんまるの家】

交流施設「ほんまるの家」は、東京ガス株式会社から陸前高田市が寄贈を受けました。世界的建築家である伊東豊雄氏設計のキッチン付きレンタルスペースです。壁面を見ると「伊藤豊雄」チックがよく分かります。

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【高田松原津波復興祈念公園】

公園の一部が9月22日にオープンしました。伝承館と道の駅の建物は大屋根でつながって、中空の部分がエントランスとなり海岸までアプローチが伸びています。ゆるやかにダウンしながら防潮堤までゆっくりと上がっていく。というランドスケープはどんぴしゃです。

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奇跡の一本松。嵩上げの市街地から見下ろされるようになってきました。

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