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2019年7月

2019年7月28日 (日)

広島出張(その6)

原爆ドームの次は、平和祈念館に向かいました。写真右側の階段をおりると入口です。

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螺旋状に階段を降りていくと地下のドームにたどり着きます。壁面は直後の被災した写真が見渡せます。女性の左手に見えるのが原爆ドームです。

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通路の壁にも被爆直後の写真があります。

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原爆ドームからやや東側にある爆心地です。

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この後「おりづるタワー」の一階で昼食(お好みロコモコ丼)をとりました。

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一周30分の「ひろしまリバークルーズ(川の遊覧 元安川~本川遊覧25分コース)」
ありがたいことに貸切でした。

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広島は水の都です。

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2019年7月26日 (金)

広島出張(その5)

原爆ドームにきました。東側には大きな慰霊碑があります。
東日本大震災では「鎮魂」という言葉が何の蟠りもなく使われましたが、魂を鎮めるとはどういうことだと異論を唱えた宗教家がおりました。
その通りだと思います。

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広島を訪れたのは二度目ですが、原爆ドームに近づいたのははじめてです。

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原爆資料館です。広島駅から県美のバス車中で道案内をしていただいたご婦人から、「中に入ったら大変なことになりますよ。」と耳打ちされました。

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手前の黒い筒からは炎がゆらめいています。

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平和記念公園は、広島平和記念資料館、原爆死没者慰霊碑、原爆ドームが一直線上に配置されている。原爆死没者慰霊碑のアーチを経て原爆ドームを見通せる景観は「原爆死没者の慰霊と世界平和への願い」が表現されている。とネットからのひろいものですが、よく表現されていると思います。

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原爆死没者慰霊碑(公式名は広島平和都市記念碑)は、ここに眠る人々の霊を雨露から守りたいという気持ちから、埴輪(はにわ)の家型に設計されました。中央には原爆死没者名簿を納めた石棺が置かれており、石棺の正面には、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻まれています。この碑文の趣旨は、原子爆弾の犠牲者は、単に一国一民族の犠牲者ではなく、人類全体の平和のいしずえとなって祀られており、その原爆の犠牲者に対して反核の平和を誓うのは、全世界の人々でなくてはならないというものです。
 広島市は、この碑文の趣旨を正確に伝えるため、昭和58年(1983年)に慰霊碑の説明板(日・英)を設置しました。その後、平成20年(2008年)にG8下院議長会議の広島開催を機に多言語(フランス語、ドイツ語、ロシア語、イタリア語、中国語(簡体字)、ハングルを追加)での新たな説明板を設置しました。(広島市HP)

 

 

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2019年7月20日 (土)

広島出張(その4)

ひろしま美術館は森に囲まれていて、かんかん照りでしたが涼むことができます。

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真ん中に円形の常設館、背後の四角形の展示館が並んでします。これは常設館。

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たまたまだったのですが、「かこさとし」の特別展が開催中なのでした。ダムを作ったお父さんたちなど、工学系の出身者らしいシリーズが沢山ありました。

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常設展棟。建物が丸いって感じが分かるでしょうか。

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センターを中心に円形の外壁に沿って展示ブースがあり、一つ一つのコーナーは大変なコレクションです。当日は幼稚園児が来ていてにぎやかに写生していました。

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2019年7月17日 (水)

広島出張(その3)

ホテルは朝食レスなのでBS「なつぞら」をみてチェックアウト。近くの旧日本銀行広島支店を見学。
金曜日ですからフツーに平日です。常時開館しているとのウィキ情報。

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お隣には頼山陽史跡資料館。広島市都心部の中区袋町5-15に所在します。この場所は,江戸時代には「杉ノ木小路(しょうじ)」に面した武家屋敷地で,頼家の屋敷がありました。頼山陽(1780~1832)は,ここで11歳から30歳までの青少年時代を過ごしましたが,21歳の時に脱藩騒動を起こし,屋敷内の一室に幽閉されました。その部屋は「頼山陽居室」として復原され,国の史跡に指定されています。
   昭和10年(1935)12月,当地に山陽記念館が建設されましたが,原爆によって大破し,収蔵品の大半は焼失しました。戦後建物は修復され,社会教育施設などに利用されていましたが,老朽化が著しく危険な状態になったため,平成7年に広島県が頼山陽史跡資料館として建て替え整備しました。
 頼山陽史跡資料館は,頼山陽をはじめとした江戸時代の広島の歴史と文化に関するさまざまな資料の展示・公開,調査・研究を行う施設として,平成7年11月3日に開館しました。開館以来,頼山陽記念文化財団が運営に当たってきましたが,平成27年度からは広島県が運営する資料館となり、平成27年5月1日にリニューアルオープンしました。(広島市教育委員会)

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旧日本銀行広島支店はかつて水主町にあった日銀営業所を業務拡大に伴い、1936年(昭和11年)9月にこの地に移転。1992年(平成4年)3月中区基町に移転するまで使用された。1945年広島市への原子爆弾投下で倒壊を免れた被爆建物の一つ。日銀支店ということから堅牢に造られていたため、爆心地から380mという近距離であったが被災にも耐えている[2]。広島に現存する被爆建物の中でも抜群に保存状態がよい[2]。2000年(平成12年)7月、市指定重要文化財に指定、日銀から市へ無償貸与された。国の重要文化財に指定されれば日銀から市に無償譲与されることが決定している。2001年以降、市によってギャラリーとして暫定使用しながら、国の重要文化財指定を目指して被爆の跡を残しつつ竣工当時の姿に復元および耐震工事を進めている状況である[3]。常時開館しており屋内を見学できる。また広島市民局文化スポーツ部文化振興課に申し込めば芸術文化活動会場としても使用できる。(ウィキ)

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朝食は近くのコメダコーヒー。餡トーストのモーニング+コールスロー。

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お目当ての「ひろしま美術館」に向かいます。

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2019年7月14日 (日)

広島出張(その2)

縮景園の写真が続きます。

この太鼓橋は階段の上り口に傾斜がついていてなかなか厳しいです。

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ツツジの咲き頃は非常に美しいと思います。

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観光客の多くは外人です。

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隣接している県立美術館のレストランで昼食。暑くて思わずビールを注文しました。

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13時きっかりから報告会に参加。いちおう仕事ですからね。

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2019年7月13日 (土)

広島出張(その1)

災害復興支援士業連絡会の報告会があり広島まで出かけてきました。仙台からは弁護士とワタシが参加したのでした。弁護士さんは実はご近所だったりしてビックリ。彼らは相手をお互いに先生呼ばわりするので変な感じがしました。

さて、こちらは仙台空港を離陸したところ。仙台広島便はIBEXの70人乗りが2往復しています。往きは2列席の隣が空席でゆったりできました。

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左側の田んぼの一部が造成されていますが、工業団地の予定地。我社の設計監理物件でございます。

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蔵王山です。よーく見ると「お釜」がみえます。これより雲中の飛行となりました。

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7:30発だったので9:00過ぎには広島空港着。広島駅には10:30頃到着し、同行の弁護士氏はホテル経由で会場に行くというので、会場径路の「縮景園」という庭園をブラブラ。

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広島市内の中心部に位置し、現代の街並みに拡がる四季折々の自然豊かな庭園は、広島県内外を問わず多くの方の憩いの場として親しまれています。縮景園は広島藩主浅野長晟が、元和6年から別邸の庭園として築成されたもので、作庭者は茶人として知られる家老の上田宗箇である。(以上「ウィキ」)。

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2019年7月 7日 (日)

資福寺の紫陽花

梅雨空真っ最中といった天気が続いています。先週の柴田町船岡城址につづき、今日は北山の資福寺まで。
午後から出向いたのですが、裏手の駐車場が一杯になるくらいの混みようです。

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本堂の前。

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三門のまえ。定番です。

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最近は犬連れの方も多くみられます。

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紫系は意外と少ない。

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デミオはバックシャン。

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石にへばりついた苔。萌えます。

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2019年7月 1日 (月)

リスカレー

宮城県北方面へお仕事廻り。大和ICから東側の方に用事があったのですが、昼食は大きく西の方まで連れて行かれました。水車が目印のお蕎麦屋さんです。リスカレーは、東京都北区にあったリス食品工業株式会社が製造販売していた「リスカレー」、旭電化工業のグループ企業の一つです。当時は幾つかの企業が「リス」をモチーフとしたカレー粉を販売していたようです。とネットからの情報。なんとヤフオク価格は2,600円からとなっておりました。五枚目の写真はどなたか分かりますかな?

これは会社前の紫陽花

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本日の昼食会場

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山菜天ぷらとお蕎麦

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リスカレー

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はて、どなたでしょうか?

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